Moon Bomber from Yakumo by Jun Moriuchi |
森内 淳(もりうちじゅん):スモール・バブリッシングと電子書籍出版会社スタジオ・エム・オー・ジー代表。61年8月生まれ。79年ロッキング・オン誌に投稿。84年よりフリーの音楽ライター。94年〜2004年ロッキング・オン/スワンソングにて音楽番組制作。2004年〜現在、作家でイラストレーターのなかひら まい と共に、単行本、ポッドキャスト、ウェブ・コンテンツ、アプリなど、音楽の枠を超えた作品やイベントをプロデュース。 |
12.01.30_仲井戸麗市さんの取材。チャボさんにお会いするのは実に10年ぶりくらいか。ぼくがロッキング・オンを辞めたのが2004年秋だったので、多分、そういう計算になる。チャボさんの事務所の社長さんにもぼくはフリーライター時代から大変お世話になっていて、今日は嬉しい再会になった。インタビューは天辰保文さんにやってもらった。とても楽しくて有意義な時間になった。ここでまた読者には一体何の本をつくっているのかという疑問がわくだろうが、それはまだいえない。とにかくインタビューを受けてくれる皆さんの表情が14歳の少年に戻っているのは全部に共通している。ぼくは一時期インタビューというものに疑問を感じ、何の意味も見出せなくなっていた。しかし今は違う。インタビューを通して、心のなかにあったしこりがとれたような気さえしている。ぼくがやるべきことをミュージシャンの皆さんに教えてもらったような気分だ。
12.01.29_朝、レコーダーと一眼レフを抱えて恵比寿まで。リキッドルームの一角をお借りして怒髪天の増子直純さんの取材。もちろん単行本用。増子さんのインタビューも最高に面白かった。ヤンキーとパンクの関係性の講義を受けたような気分に。これ『ロックの学園』じゃやんないんだろうか。NHKじゃやれないか。一旦、荷物を起きにアトリエまで。ライブ仕様の服に着替えて下北沢QUEのコレクターズのライブへ。今日も超満員ソールドアウト。立ってるだけで酸欠状態。ライブが始まると人の塊がぐっと前へ凝縮。後ろのスペースが空いたのを観て松本社長曰く「あと20人入れられたな」。鬼社長の片鱗が……。ライブ終わりで池袋交差点24時の収録。それが終わってすぐに渋谷のクラブ・エイジアへ。こちらも超満員酸欠状態。そのなかでギターウルフのライブをたっぷりと。帰りに都立大でつけ麺を決めて本日の業務は無事終了。朝から夜まで実に濃い一日だった。
12.01.28_久々に渋谷経由で下北沢へ。本日は下北沢QUEにてコレクターズ恒例ライブ「FANTASTIQUE」。コータロー君曰く「コレクターズの恩返し」なのだそう。しかしツアー中にエクストラ・ライブというのが凄いよね。会場は満員ソールドアウト。当日券も無し。立錐の余地もない。かろうじて一番奥のステップのところに少し余裕があったようななかったような。よって会場は酸欠。ライブの最中、空気が欲しくてたまらなかった。当然、ステージはもっと酸欠。リーダーは酸素ボンベをシュポーとやりながらうたっていた。エクストラ・ライブとあって、ツアーのセットリストとは全く違う内容。冒頭、アコースティック・ギターから始まり、本編最後の「がんばれG.I.Joe!」までまさにファンタスティックな選曲。個人的なピークは「明治通りをよこぎって」だった。いい歌だなあ。もっと頻繁にやってほしい。帰りは三軒茶屋まで歩いてバスに乗って帰った。
12.01.27_朝は比較的ゆっくりして12時前に神谷町へ向けて出発。13時より古市コータロー君の取材。自称「5分前のコーちゃん」は必ず待ち合わせ場所に時間より早く現れる。それを見越して20分前の12時40分にコロムビアのロビーで秋元と待ち合わせ。ぼくが着いたのは12時35分。そのときすでに秋元は着ていた。で、受付の方をのぞくと、コータロー君がいた。うーん、さすがだ。まるでぼくらの行動を見透かしているかのような行動。おそるべし。取材場所をチェンジするという小トラブルがあったにもかかわらず、13時ぴったりに取材を始められた。終了したのが14時半。30分の余裕を残すという、これまたコータロー君の流儀にかなった展開。うーん、お見事。アトリエに戻って、原稿の構成。夜は某レコード会社の方と松村雄策さんと打ち合わせ。終了したのが24時頃で大井町線大井町行きの最終電車に飛び乗って、自由が丘から歩いて帰った。
追伸:自由が丘を深夜にとぼとぼ歩いていると、片言の日本語で「マッサージあるよ」と女の子の二人組が、通行人に手当たり次第、声をかけているのを見かける。昨日なんか真っ暗になったひかり街のビルの陰かなんかからひょっこり現れたので、びっくりしてしまった。暗闇なので顔は見えない。もしかしたら新手の妖怪なのかもしれない。
12.01.26_取材に行く前に神社で参拝。吉野家を決めて渋谷へ。ビクターにてボウディーズのRoyさんに取材。もちろん単行本用。Royさんとは初対面。元もと話し好きというのもあるのだが、最高に楽しかった。彼のリズム&ブルース、ソウルの見識と、何よりも「ホットな」ロックンロールへのこだわりはとても興味深く聞かせてもらった。WWEに例えるなら、ボウディーズは下位団体のFCWで猛烈に特訓し、満を持してデビューしたという感じだ。基礎体力が違いすぎるし、絶対にぶれない芯(スタイル)を身につけている。しかも「本物」のソウル・シンガーには太刀打ちできないという厳しい現実と向き合ってるから、どこまでも謙虚であり、そこに創意工夫が生まれている。おそらく彼らにとって、売れてようが売れていまいがあんまり関係なく、むしろ問題なのは、今、自分たちが何合目まで来たのか、ということなのだろう。彼らはルックスもいいし、女の子の人気も絶大だ。だから、色眼鏡で見ているリスナーもいると思うが、悪いけど、高円寺辺りで管を巻いているのがロックンロールだと思ってる連中よりも、全然、ロックンロールの本質を理解している。
さわお君は今日までアルバム『トライアル』のプロモーションであちこち走り回っていたらしい。そのアルバムだが、M1からM10まで順番に聴いていくと、そこにはひとつの物語が現出する。そんな作品だと、ぼくは思っている。表題曲「トライアル」と最後の「Ready Steady Go!」は新しいピロウズ・アンセムになると思う。
12.01.25_朝から池袋交差点24時をアップ。今回の放送は現場にいなかったので、いつもと違う気分でドゥ・ザ・アップロード。昼前にアトリエを出て六本木へ。バーガーキングのワッパー・ジュニアを決めた後、あれやこれやと1時間ばかりの打ち合わせ。終了後、六本木から乃木坂まで徒歩。千代田線に乗って表参道で下車し、エイベックスへ。山中さわお君に取材。さわお君にインタビューするのって、もしかしたら18年ぶりくらいかもしれない。多分、そうだ。さわお君にはNHKのミュージックスクエアでもの凄くお世話になったのだが、そのときのインタビュアーは(当然のことながら)パーソナリティの中村貴子さんだったので、そういう計算になる。その18年間の思いをこめてたっぷり90分間、話を聞いた。一瞬一瞬が楽しくて仕方なかった。今日もいい話が聞けた。この単行本の企画、何よりぼくが楽しんでいる。これでいいのか。これでいいのだ。
12.01.24_昨夜の雪が道にべったりと残っている。しかも凍っている。今日は浅井健一さんにインタビュー。取材場所にたどり着く前に転んだらその場でアウト。腰は破壊。何週間も絶対安静という結末になるのは目に見えている。一番危なかったのが『KAMINOGE』に紹介された「駒沢の森こども園」の前の道。雪がこれでもかというくらい凍りついていた。いつもなら駒澤大学前or都立大学まで歩くのだが、今日はバス。池尻大橋から取材場所までタクシーで行きましょうという秋元の意見を却下し、歩いてはみたものの、一度ずるーっと滑って転びそうになった。秋元に荷物を半分持ってもらっていたのでセーフ。腰痛発症中の身には、残雪はあまりにも危険とスリルに満ちている。雪国の腰痛もちは毎日が闘いじゃないか! 取材はとても楽しかった。浅井さんは90分たっぷり話してくれた。とてもいい単行本になると確信している。まだまだやることは山のようにあるけどね。
12.01.23_取材のために重い荷物を持ち運んでいる。いや、重いのは荷物ではない。ショルダーバッグだ。そこにこの底冷え。ダブルパンチで見事、腰痛になってしまった。中学のときに初めて電気治療をし、25歳でぎっくり腰になったという「腰痛もち」。しかしここ五年は歩けなくなるほどの腰痛には見舞われなかった。ところが、今回は嫌な予感がした。時間が経つにつれ、確実に悪くなっている実感があった。今日が限界と見た。ところがいつもの接骨医院に電話しても話し中でつながらない。そこで神社の前の整骨医院に行くことにした。困ったときは神頼みだ。別に整骨医院がカミサマではないんだけど。先生曰く、「座骨神経痛に発展する直前でした」。よかった発展しなくて。「ただし明日からコルセットをすること」「荷物は両手に分けて持つこと、もしくはリュックに入れて背負うこと」。明日からC3POになることが決定した途端、空から雪が舞ってきた。おいおいマジかよ。
12.01.21_総合格闘技が「どっちが強いか白黒はっきりしようじゃないか」という発想で生まれたとするならば、究極の格闘技は相撲ということになる。なぜなら相撲は「引き分け」が存在しない格闘技だからだ。ぼくも元々はプロレス・ファンだ。それが総合格闘技を観るようになり、最終的には相撲観戦に移行したのは至極当然のことだ。さらに面白いことに(いってることが矛盾しているかもしれないが)白か黒かの相撲のなかに潜む灰色的な曖昧さを発見したとき、もう一段階、深みにはまった。そしてぼくは相撲を観るようになって、あらためてプロレスの面白さに気づいた。再びWWEを一生懸命に観るようになった。さらに今年新日本の1.4東京ドーム大会を観に行って、日本のプロレスの良さにあらためて気付かされた。技一発ごとのえぐさ、それを受ける痛み、これぞニッポンのプロレスだという再発見があった。格闘技は心と頭で楽しむものなのだ。
12.01.20_六本木ヒルズでムッシュかまやつさんの取材、四谷でチバユウスケさんの取材をやった。渋谷で打ち合わせをして、戻ったのが21時近くか。録画してあった相撲を再生してがっくり肩を落とした。なんと13日目で優勝が把瑠都に決まってしまった。白鵬が琴欧洲に勝てば、まだわからなかったが、そうはいかなかった。今場所の把瑠都は本気だった。これまで把瑠都や琴欧洲は居心地の良い大関にとどまることを目指して相撲をとってきた。我々相撲観戦クラブにおいても、そのことは問題になっていた。それをぼくらは大関互助会と呼んでいた。そこそこ勝って、あとは無理せず行こうじゃないかという雰囲気が漂っていた。内館牧子がキレたのもそういう雰囲気を察したからだ。それが八百長問題&魁皇の引退によって空気が変わった。本気でやらなきゃいつ大関から引きずり降ろされるかわからない雰囲気に、だんだん変わってきた。そうなると身体のでかい把瑠都と琴欧洲は有利だ。白鵬もうかうかしていられない。
12.01.18_トライアルというほど大げさなものではないが、今日も小さな試練の連続。まずはコレクターズのポッドキャスト池袋交差点24時の現場へ行き、土田D、リーダー、コータロー君にご挨拶。収録がはじまる直前、現場を離れ、神保町へ。打ち合わせを1時間ほど。途中で抜けて、青山まで。戻ったときにはすでに収録は終わっていた。秋元が来るのを待って、リーダーに単行本用のインタビュー。たっぷり1時間半。これが面白いの何のって。単行本にはおよそ15組のアーティストが掲載されるのだが、スタートダッシュはぶっちぎりだ。本が出るまで池24で話しちゃ駄目だよ、リーダー。プリーズ、お願い。アトリエに戻ってマーシーの原稿を校正。最終原稿第一号完成。平田ぱんださんの再構成をやりつつ、明日の取材の準備、データの移行作業など。着々とゴールに向かって進んでいる。まだ小さな試練はあるけどね。深夜、貴ちゃんのラジオを聴いてから寝た。
12.01.17_今、つくっている単行本に関して、ぼくらはぼくらなりの勇気でこの本を企画した。デザイナー、フォトグラファー、みんな「濃い本ですね」という。売れるかどうかはわからない。何が王道かなんてとっくの昔にわからなくなっている。売り上げは大事だが、売り上げのために捨てた財産はあまりにも大きい。ぼくらはそれを、勇気をもって拾い上げ、出版社は勇気をもって出版してくれる。ぼくらの最終目標は雑誌をつくること。これに関してはリスクがあまりにも大きく、どうなるかわからない。しかしほんのちょっとでも可能性があるのならトライしたい。今日も印刷所へ見積もりをお願いしに行ってきた。デザイナーともおおいに語り合った。これから先、どうなるのかなんてわからない。だけれども、一歩ずつ勇気をもって進むしかない。それがロックンロールだと思う。今、最果ての星に紛れたギターを探しに行く。
12.01.16_『ヘルプ 心がつなぐストーリー』の試写を鑑賞。久しぶりの試写だったので、オープニングのタイポが妙に新鮮だった。文字の幅をきれいに合わせてあるな、とか、映画って構図がきれいだな、とか、そういうところにまず目がいった。テレビで映画を観ると注意力散漫で、まずそういったところには目がいかない。映画はスクリーンに集中できる環境が一番大事だ。映画館で観なかった映画は「映画を観た」ことにはならないのかもしれない。その環境を得るための1800円と思えばいい。映画は、1960年代のミシシッピ州が舞台。黒人のメイドを雇うのが当たり前の時代、作家志望の主人公が、人間扱いされない彼女たちの姿に「おかしい」と思い、証言集(メイドたちによる暴露本)を書くという話。南部に住む白人の心の狭さ、寛容性のなさ、黒人を差別することによって自らの地位を保全しようとする態度。これって原子力ムラの人間と同じじゃん、と思ってしまった。